2012年6月19日火曜日
愛の渇き
自分は愛されているという実感を得ていることは、夫婦生活を続けていく上で必要なことだ。人は愛を得て、初めて他人を愛せるのだから。
親が子どもを愛するのは、打算のない無償の愛だとされる。幼少期に肉親の愛に恵まれなかった人は、しばしば自分の子どもに十分な愛情を注ぐことが出来ないとされる。
もちろん、そうした幼少期を送った人のすべてがそうなる訳ではない。逆に親や伴侶の愛に恵まれているのに、夫婦生活において心が満たされず、不倫や離婚に至る人もいる。
一人の女として、一人の男として愛されたい。結婚後もその乾きをずっと抱えている人は、妻または夫とのセックスで、愛情を受けている自分に満足できないことがある。
心から愛し合った相手と結婚したケースや、独身時代に十分に愛された後で、恋愛とは別物だと割り切って結婚したケースでは、この種の渇きは起きにくいのだが。
2012年6月11日月曜日
セックスと信頼関係
夫婦にとってのセックスが、子どもを授かる目的で行われるのは、長い夫婦生活の一時期だけである。それ以外は、夫婦間であっても避妊してセックスをすることが多い。
夫に「所有」されることを好まない妻は確かに多いが、それは尊敬できない夫にそうされることが嫌なだけであって、尊敬できる相手についてゆくことは必ずしも苦痛ではない。
愛情がなくとも男は女とセックスできるが、女はそうではないと言われる。しかし、性的に興奮しないと結合が出来ない男性と違って、女性は興奮しなくても性器を受け入れることができる。
もちろん、濡れていないと挿入は難しいし、セックスの最中に擦れて痛みを感じやすい。その場合、唾液やローションなどを潤滑剤として使うことになるが、行為そのものは可能だ。
セックスに対する男性の側の情熱を考える時、性欲と愛情を区別することは難しい。一方、女性はセックスにおいても演技をする。まるで別のことを考えながら、その時間をやり過ごすことができる。
子づくりを終えた夫婦にとって、性的快楽を追求するすることが夫婦生活の目的の一つとなるが、精神的な信頼関係づくりと互いの協力なしには、男女の性的役割に沿ったセックスは難しいことがわかる。
2012年3月12日月曜日
二種類のセックス
例外は無論あるものの、大半の男性は女性を征服することに性的な興奮や満足を感じ、逆に女性の大半は魅力的な男性に屈服することに喜びを感じるものだ。
好意の持てる相手というのが大前提だが、信頼できるパートナーに荒々しく求められるのは、女性たちにとっても嫌なことではなく、むしろ好ましいことだといえる。
この支配-服従を基調としたセックスを突き詰めた先にあるのが、レイプとSMだと思われる。この両者の違いは、される側の承認の有無である。すなわち、前者は無理やり、後者は合意のもとに相手を征服する。
その点は違っているが、人間性を認めていない相手を力によって所有したいという、男性の願望の発露である点は共通している。支配を受け入れるようにソフトに誘導するのが、SMだという捉え方もできる。
これらに対して、男女が対等な立場でするセックスがある。お互いに人間性や性的嗜好を尊重し合い、求め合う愛のあり方であり、こちらは女性に支持されている。
同じ性行為であっても、支配-服従型と対等-交歓型は本質的に違うものだ。もちろん、行為の中に両方の要素が入り込むことは多いが、それはあくまでピュアモルトではなく、カクテルなのである。
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